まみちゃんからのメッセージ

40人ほどの方が参集されました
40人ほどの方が参集されました

お彼岸前、身延町・感応寺様にて

お話をさせていただきました。

 

2年ほど前、日本山妙法寺の機関誌『天鼓』に

寄稿した文面を多くの方々が読んでくださり

あちこちから反響をいただき

今回の件となりました。

 

以下、その文面を掲載いたします。

 

「まみちゃんからのメッセージ」

 平成24年7月 日蓮宗僧侶 鈴木法拳

 

私が勤務している〔現在は退職〕お寺に

毎月参詣される篤信の若いご婦人がおります。

数ヶ月前に開催された月例のお経会での出来事です。

 

御信者の皆様と読経中、突然、そのご婦人に

異変が起こりました。

態度と口調が別人格に変わり、泣き叫び苦しみ

もだえ始め、何者かに憑依された状態になって

しまいました。

 

いつも同伴されるご信者仲間の方が、堂内から連れ出し

介抱して、その場はなんとか落ち着きを取り戻したのですが

その後も、そのご婦人にとりついた何者かが、彼女を

悩まし続ける日々が始まったのです。

 

ご婦人のご信者仲間に霊感の強い方がおられ

その方がご婦人の口を借りて訴える霊と対話を続け

色々と聞き出していくうちに、事の次第が

明らかになってきました。

 

とりついたその霊とは、ご婦人の実の妹だったのです。

 

家庭の事情で、一度も対面したことのない妹でしたが

姉に当たるご婦人は、妹の存在を親から、それとなく

聞いてはいたとおっしゃっていました。

 

姉の体に降霊した妹は、自分の名前を「まみ」〔仮名〕

だと名乗り、徐々に素性を訴えかけてきました。

 

宮城県南三陸町に住む17歳の高校生で、震災の津波に

のみ込まれてしまった犠牲者であること。

今は深く暗い海の底に沈んでおり、海流の吹きだまりで

周りには、人骨や肉片がたくさん転がり集まっている状態で

あること。

 

海の中なのに、ものすごい腐敗臭があること。

テレビで津波が押し寄せる様子を映していたけれど

あの真っ黒な津波の中に自分がいて、お年寄りや赤ちゃん、

動物や植物、あらゆる命ある生き物たちが

のまれ苦しんでいたんだよということ。

とても怖かったんだよということ。

 

生きている人たちは、震災の忌日さえ忘れつつあり、

生活の復興や原発問題の方ばかり目がいきがちだけど

いまだ海の底に沈んだままで、遺骨さえ拾い上げてもらえない

犠牲者の方々のことを、どうか忘れないで、ということ・・・・。

 

これらのことを姉であるご婦人の口を借りて、切々と

時に泣き叫びながら伝えてきました。

そして理不尽な災害で、突然いのちを落としたため

自分が亡くなったという現実を受け入れられず

たびたび姉の体にとりついては、怒りと悔しさを

訴えかけていたのでした。

 

それでも霊感のあるご信者仲間の方が、日を重ねて

対話を続け、慰め諭すうちに、自分の現実を受け止め

落ち着きを取り戻していきました。

 

その「まみちゃん」が語ったことで驚くべき事実が

ありました。

 

ある日、海底から上の波間を見上げると

一枚の白い紙切れが降ってきた。

その紙切れを自分をふくめ、海底に沈んでいる

人たちが夢中でむしりつかんだら

とても救われる想いがした。

それから、お坊さんたちが浜辺を、

長い旗のようなものを掲げながら歩いてくれた姿が

見えて、とてもうれしかったということ。

 

この出来事を、鈴木さんという人に伝えてくれれば

分かるはずだ、とも語ったそうです。

この話を聞いて、私は「命の行進」の玄題旗と

お題目写経の用紙のことだと確信し、驚きとともに

静かな感動を覚えました。

 

行進団が慰霊のため、海にまく写経は

私が勤めていたお寺のご信者様方にも趣旨を話し

「まみちゃん」の姉であるご婦人をはじめ、沢山の方々が

せめてものご供養にと、すすんで書写してくださり

行進が始まって、まもなく団長の佐藤御上人様に

手渡しておりました。

 

妹へ海の上から舞い降りた一枚は、姉の写経した

お題目様だったかもしれません。

 

その後、ご信者仲間の方が、本当に「まみちゃん」が

実在した人物なのかを確認するために南三陸町に

問い合わせ、名前と年齢を照合した結果、

個人情報の都合上、断言はできずとも

職員の方の口ぶりから彼女の存在した事実を

確かに知ることができたそうです。

 

初めは、自分の死も受け入れられず、姉の

体に乗り移ったまま、お寺に来ることも

お題目様を唱えることも嫌がった

17歳の普通の女子高生「まみちゃん」。

 

それが、自分が生きた証を認めてもらい

亡くなられた多くの無念の想いをお伝えできたことから

次第に仏様の世界へおもむくことに同意し、

数ヶ月の受け入れ準備期間をえてから

私とご婦人、「まみちゃん」の良き理解者となって

くだった霊感のあるご信者仲間の方と三名で

供養の法要を営み、無事、仏様の世界へ

導かれていきました。

 

この一連の出来事を「命の行進」に参加させて

いただいた折に、佐藤団長御上人様はじめ

歩かれている皆様にお伝えしたところ

一様に深く感動され、ぜひ『天鼓』誌上に

掲載していただければ、との要望を受け

寄稿させていただきました。

 

あらためて震災の犠牲壇に立たれた

多くの御霊と、いまだ行方不明になって

おられる数千名の御霊にご供養の祈りを

ささげるとともに、原発を含め

今回の災禍を引き起こしてしまった責任の一端は

他の誰でもない我が身にもあると自覚し、

より良く生きていかねばと感じている次第です。 合掌